facebook(2022.01.10)
2022.01.01の我が家の国旗掲揚。 新雪の青空の清々しい朝でした。 |
日本の伝統工芸は、その技能を古代まで遡り人々に育まれ培われてきた伝統的な手仕事です。日本人は花鳥風月の自然を愛で、文化を愛し人との和を尊ぶ民族です。しかし、日本は江戸末期の開国以降、江戸、明治、大正、昭和と西欧列強の帝国主義に対峙し必死に生きてきました。しかし、皇紀2683年を数える今、大東亜戦争の敗北から78年が過ぎ、国旗掲揚せず君が代を歌わぬ民族となりました。占領統治でアメリカの東京裁判史観、WGIPにより戦前の歴史に蓋をし羊然として生きています。そこにはそれに輪を掛け嘘の歴史を語る敗戦利得者と言われる人々の関りがあります。私は、現代社会に警鐘を鳴らし戦前まであった日本人の世界に比類ない誇らしい歴史と伝統文化、そして日本精神を未来の子ども達に伝えたいと思います。
facebook(2022.01.10)
2022.01.01の我が家の国旗掲揚。 新雪の青空の清々しい朝でした。 |
facebookの投稿(2022.01.09)
『明日の成人の日を前に自分の二十歳の時を思い出す。久々に友と会う楽しさと新調した背広の他には、何も考えずにいた能天気の若者。それから半世紀、それがこの齢で国を憂える。やはり、年寄りは声を挙げ語らなければならぬ。』
明日の成人の日の「国旗掲揚」のお願いの投稿をしましたが、自分の二十歳の頃を思い出しました。黒田原の公会堂で式典を行いその後で近くの結婚式のできるような寿司店で宴会を行いました。それぞれに羽振りが良く、既に仕事に就いている者は、リーゼントに格好の良い背広で、集いました。大学に進学した者も少しは居たのですが、彼らは、大人しく働いている者が、仕切っていました。一足早く社会に出たせいか、女性は、晴れ着で馬子にも衣裳の体で、男女共に思いのある異性にあえるのが楽しみでした。誰一人として、政治に関わりの合うようなものは居ませんでした。
今、私は、古希を過ぎて近現代史に関心を持ち、その嘘の史実に憤りを持ち、facebookに投稿をしています。自分のこの半世紀を振り返ると、言葉もありません。何という時間を政治に関心を持たずにその欺瞞に満ちた社会で生きた来たのかと思う。ここで史実の云々を言う心算はないが、古希を過ぎた自分の遣るべきことを確信する。昔から問題は、誰が遣るのかではなく、気付いた者が遣るべきと言うルールを持っていた。だから、今自分が気付いたのなら、それは神様が与えた自分の使命だと思えたのです。昔から、啓蒙書をよく読みましたが、積極的に生きる道を選んできました。ですので、現在気付いた問題、近現代史の真実を社会に声を挙げ語ろうと決意しています。私もそうでしたが、若者は、戦後に正しい歴史教育を受けていません。だから、還暦を過ぎてダイレクト出版社の歴史情報を得てから、近現代史の嘘、真実を学びました。実際に投稿をし始め、国旗掲揚を行うのも5年程前からです。だから、他の同年代の人達の気付かない事を責めることもしませんし、身近な人たちの国旗国歌に対する考え方に失望感を持つこともありません。そういう自分でさえも5年前です。気付いた時が、スタート。火が着くのは、いつか何で気付くのかは、人それぞれ、決めつけはいけないと思っています。しかし、私は楽観しています。私がそうであるように日本人のDNAが、そうさせていると感じています。日本精神と言う言葉が当てはまります。戦後焼け野原からの経済復興は、日本人の力だと思います。20代に1974年に中近東をひとり旅しましたが、アラブの人達は、私が日本人と知ると畏敬の念で見ていました。私の風貌ではなく日本人の言葉がそうさせたのだと思います。それは、第二次世界大戦で見せた日本人の戦いが、そうさせたのです。また、3.11の東日本大震災の被災に暴動も起こらずに人々が、助け合って譲り合って生きることを当たり前にしていました。私は、声を挙げ続けます。日本人なら、必ず自分の中にある日本精神に気づきます。皇紀2682年ですが、その年月で培われた精神です。戦後直ぐの連合国の為した東京裁判史観、WGIPで、如何に敗戦利得者と言う者達を使い日本精神の破壊をし続けていますが、決して失われることはありません。今が、潮目です。
「史学日本塾」は、私の好きなブログ名ですが、暫くは、「日本の歴史と誇りを知る史学塾」のブログ名で書いて行きます。近現代史の情報発信のプラットフォームとして、活動する予定です。ブログ名だけでは、内容が分からないからですが、最終的には、当初のブログ名とサブタイトルとして考えています。宜しくお願いいたします。
こちらのブログでは、一つの活動として、歴史書を取り上げ、書籍と著者のご紹介と私の解説を書いて行きます。まず最初は、次の書籍です。
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2005年3月20日第一刷 |
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東京裁判で被告人席に座らされた東条英機・元陸軍大将 (1947年12月26日、写真:近現代PL/アフロ) |
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1945(昭和20)年8月30日、 連合国軍最高司令官のマッカーサー元帥 厚木飛行場に降り立った。 |
私は、常々(株)ダイレクト出版社の藤井厳喜氏の情報から、世界を覗いています。その延長で(18歳から考える日本の未来)「政治入門」の著書を紹介します。簡便に書かれた政治の紹介本です。普段当たり前に知っているつもりでも、問われた際に答えられないことが、沢山あります。特にリベラルな立憲民主党や日本共産党の主張には「可笑しい?」と思いながらも、答えられません。私の嘗ての友人が、「保守のアイドルとなっている櫻井よし子」とか、藤井厳喜氏を「大した大学を出たわけではない教授」と蔑んだ言葉で述べていたことを思い出します。彼は、根っからの全共闘世代で韓国や朝鮮の主張を擁護していました。今でも彼を左翼思想にまみれた人と悲しく思います。
第1章 権利と義務
現在は、18歳から選挙権が得られることになりましたが、「政治に参加する権利」を得たということです。明治22年に大日本帝国憲法ができ、「広く会議を興し、万機公論に決すべし」ということから、議会をつくり国民の代表を集めることになりました。しかし、選挙権は大変な高額の納税者しか選挙権はなかったわけです。その後、自由民権運動や普通選挙法の運動などがあり、成人男子25歳以上の人は選挙権が得られることになりました。これは、世界でも非常に早い方です。
遡って考えれば、平安時代は天皇と貴族の時代、藤原氏などの摂関政治になります。それが、鎌倉時代から江戸時代まで武士の時代になり、武士以外は御法度でした。それが、明治になりその貴重な選挙権を得たわけです。選挙に逝かないのは、国の政治が安定していることなのかもしれません。とても困った政党や政治家がいて、問題があれば、皆さん選挙に関心を持ち選挙に行くでしょう。
選挙権は特別な権利ですが、罪を犯した人は公民権停止と言い選挙権がありません。また、政治家の汚職や法律を犯した問題があれば、それを選んだ選挙民の責任があります。ですので、立派な政治家を選ぶのは、有権者の義務でもあります。要するに日本の政治がどうだという批判は、それを選んだ自分に返ってきます。国民は自分以上の政治家を持つことが出来ないということです。
ある意味政治が関係ないということは、日本が安全安心な国だということです。内戦のシリアや世界の紛争国では、治安や秩序は、当たり前ではありません。国家の第一の役割は、安定・秩序をつくることです。私達の聖愛kつは、国家が安定している、そのうえで成立しています。日本の治安は、世界レベルで見ると極めて良いことになります。
権利があるということは、義務もある。歴史の連続ということを考えると今の日本の現状は、何年か前の日本人の決断が作ったことになります。私達の今の決断は、10年後20年後の日本を決めることになります。その意味で、私達は、未来の世代に対して責任があります。世代を超えた責任、私達は過去の人達の責任を引き受けると同時に未来の人達に対して、責任を引き渡していることになります。
日本の名誉を守るということ。日本は第二次世界大戦という戦争をしました。戦後に日本政府が誤った判断をしたために、過去の人達の名誉を非常に傷つけてしまうことがありました。それは、私達のご先祖の名誉を汚しているだけでなく、私たち自身の名誉を汚していることになります。そして、次の世代の名誉を貶めることになります。その意味では、私達の権利を伴う責任や義務は、歴史を通して、時間軸を越えてゆくものです。そういう生命の連続、歴史の連続の中に、私達の今の権利があり、義務がある。
第2章 デモクラシー
デモクラシーは、「民主主義」は誤訳です。クラシーは、「国家の統治形態」を指す言葉で、デモクラシーは、「大衆が支配する政治体制」という意味になります。ismの社会主義(socialism)、自由主義(liberalism)、保守主義(conservatism)。全体主義ならtotalismというように最後に全部ーismが、付きます。これは、「主義」と訳していますが、特定の「思想」なんです。つまり、ある「ものの見方」「価値観」なのです。デモクラシー(democracy)と同じような-cracyの付いた言葉を並べると貴族政治は、アリストクラシー(aristocracy)、官僚制は、ビューロクラシー(bureaucracy)、独裁政治は、オートクラシー(autocracy)、卑弥呼の政治を神権政治、セオクラシー(theocracy)、金権政治をティモクラシー(theocracy)と言います。これは、国がどのように収まっているかという分類です。すべてが、~クラシー(cracy)になる。古代ギリシャのポリスに民主政治という統治形態があったわけです。代表例がアテネです。この言葉がフランス革命以降、デモクラシー(democracy)として広まってくるわけです。ですから、デモクラシーという言葉には、価値判断はありません。これを民主主義というと、イデオロギーになってしまいます。
第3章 国際政治と国内政治
第4章 立憲君主制
第5章 選挙の仕組み
第6章 マスメディア
第7章 政党
第8章 自由や人権
第9章 憲法
第10章 皇室と政治
終章 愛国心
一通り、関心を持って、読み通しました。内容は、中学生から高校生、そして社会人向けの語り口ですが、専門的な知識を持たない私には、とても楽しく読むことが出来ます。有難うございました。
Facebookでたまたま見つけた投稿に墨子の動画を見つけました。儒家のひとりぐらいの知識しか持たなかったが、開いて見始めた。 一つ一つの技術が、納得のゆく理で惹き込まれていった。二回目には、手帳に簡単にメモをとった。 「人間関係の...